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人類の進歩はだし巻き卵
初めてブログを書こうと思います。なんの生産性もありませんが、お暇があれば読んでみてください。
居酒屋にて
私のバイト先の居酒屋で、ある日店長が「もう10年以上だし巻き卵を作っているが、冷えた卵をいきなり焼くよりも、少し冷蔵庫から出しておいて、常温にしてから焼くほうがキレイに焼けることに最近気づいた。」と言った。私は「それだけ長く焼いてきたからこそ辿り着いた境地ですね。」と返した。家に帰る途中、人類の歴史も、今日のだし巻き卵と同じかもしれないと思った。
人類の進化とだし巻き卵
人類とだし巻き卵が出会ったのはおそらく人類の長い歴史から見れば最近で、その関係性は「大学のよっ友」程度だろう。しかし、店長にとってのだし巻き卵と人類にとっての進化はそうも言えない。人類がここまで辿り着くのには、木に登れば外敵に襲われづらいことや、海水を干せば塩が得られること、カフェインを接種すれば眠くならないことなど多くの気づきが必要であった。生存本能のままに、経験から学び知恵を得てきた。しかし、その細部を見てみるときっかけは論理的思考力や努力ではなく、「偶然」であることも多々あるのではないか。店長が「たまたま出しっぱなしになっていた卵」から「キレイなだし巻き卵の焼き方」を見つけたように、人類も数多の「たまたま」をきっかけに生き延びてきたのだろう。
「たまたま」をものにしよう
きっかけが偶然のことは往々にしてあると思うが、それが「成長」や「進化」のトリガーとなるには「偶然」が起こるまでの「積み重ね」があると良いだろう。偶然起こった事象を分析し知見にするには、定説や経験則といった知識体系がいうまでもなく有効になる。「継続は力なり」とは、単に技術や能力を身につけるための言葉ではなく、「偶然」に出会った時の分析力のことを言っているのかもしれない。